大阪地方裁判所 昭和34年(レ)20号 判決 1961年7月15日
控訴人 三和工業株式会社
右代表者代表取締役 三浦春亥
右訴訟代理人弁護士 小長谷国男
被控訴人 株式会社阪神電業社
右代表者代表取締役 松島鎌治郎
右訴訟代理人弁護士 小畑実
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
被控訴代理人は、請求の原因として、
一、被控訴人は控訴人の振出した左記約束手形一通の所持人である。
1、金額 一〇四、〇〇〇円
2、満期 昭和三〇年五月一二日
3、支払地及び振出地 大阪市
4、支払場所 株式会社大和銀行小林町支店
5、受取人 被控訴人
6、振出日 昭和三〇年二月二八日
二、被控訴人は右手形を訴外西宮信用金庫に取立委任し、満期に支払場所に呈示してその支払を求めたが、支払を拒絶された。
三、控訴人はその後右手形金の内、金三四、〇〇〇円の支払をなした。
四、よつて被控訴人は控訴人に対し、右手形金残額、金七〇、〇〇〇円及びこれに対する満期の日の後である昭和三〇年五月一三日から支払済みまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める。
と述べ、控訴人の抗弁事実を否認し、立証として、≪省略≫
控訴代理人は答弁として、
控訴人が被控訴人の主張の約束手形を振出したこと、及び、その支払を拒絶した事実は認める。
と述べ、抗弁として、
本件手形は、訴外堺興業株式会社において支払を負担する約束のもとに、控訴人が融通のために振出して同訴外会社に交付したものであるところ、同訴外会社は、自己の営むパチンコ店の電気工事及びネオン工事の代金支払のため、自ら裏書することなく、その債権者たる被控訴人にこれを交付した。しかし、昭和三〇年三月二七日火災のために右パチンコ店が全焼し、無一物になつた同訴外会社は廃業のやむなきに至り、控訴人との右約束も履行されなかつたので、控訴人は、本件手形を不渡りにした。右不渡り後、同訴外会社代表者望月誠が被控訴人の代理人小西庄太郎と交渉した結果、同年七月ごろ、両者の間に内金三四、〇〇〇円を支払えば右工事代金及び本件約束手形金の残額を免除するとの約束が成立し、ただちに同金員の支払がなされ、控訴人もその直後右望月等から、その旨の報告を受けているので、これにより右各残額の支払義務は免除された。このように本件約束手形金の残額は免除されたから、控訴人にはその支払義務がない。かりに、手形金の免除はなかつたとしても、被控訴人が本件手形の交付をうけた原因たる前記工事代金債権が右のごとく消滅した以上、被控訴人はもはや手形金を請求する利益を持たず、控訴人においても右原因関係の消滅を対抗することができるから、本訴請求に応じる義務はない。だいたい、なんらの原因関係もないのに本件手形を所持するのみで本訴請求に出るのは権利の濫用である。
と述べ、
立証として、≪省略≫
理由
被控訴人主張の請求原因事実は、控訴人において自白し、あるいは少くとも明らかに争わないところであるから、その全部を自白したものと取扱われる。
そこで、控訴人の抗弁について判断する。
証人小西庄太郎≪省略≫尋問の結果の一部を総合すれば、
訴外堺興業株式会社は、その経営するパチンコ店の電気工事及びネオン工事を被控訴人に依頼し、同代金債務約一〇四、〇〇〇円を負担していたので、その支払にあてるため控訴人に対して約束手形の振出方を依頼し、控訴人と同訴外会社が互に融通手形を振出して交換し合つたが、そのうち控訴人の振出したのが本件約束手形であり、その交付を受けた同訴外会社は、右工事代金支払のため、自らは裏書せずにこれを被控訴人に交付した。ところが、昭和三〇年三月二七日前記パチンコ店が火災にあつたため、同訴外会社は事業を休止し、控訴人あてに振出交付した前記手形も不渡りにしたので、これを支払つた控訴人は本件約束手形を不渡りにした。その後被控訴人の代理人小西庄太郎と同訴外会社の代表者等が交渉した結果、同年夏ごろ前記工事代金中約三分の一にあたる金三四、〇〇〇円の支払がなされたが、当時同訴外会社は事業を閉鎖中で、同会社から右工事代金の残額を取立てて回収する見込はほとんどなかつた。
以上の事実を認めることができ、被控訴人代表者の原審における本人の尋問結果中右に反する部分は採用することができず、他にこれに反する証拠はない。
しかし、右内金三四、〇〇〇円の支払のさいに、前記工事代金債務の残額が免除されたものであるかどうかについては各証人の証言は対立し、にわかにそのいずれが真実であるとも断じ難いが、いかに右残額の取立見込が少なかつたとしても、あえてその債務を免除するのは特別のことであるから、免除自体について的確な証拠があるか、またはこれを裏付けるに足りる事情の認められない限り、免除がなされたものとは断じ難いところ、これを肯定する、証人望月誠の原審(第一、二回)及び当審における証言、証人砂津保の当審における証言、ならびに控訴人代表者の原審及び当審における本人尋問の結果の各一部は、証人小西庄太郎の原審及び当審における証言ならびに、被控訴人代表者の原審における本人尋問の結果と対比するとき、必ずしも信用することができず、他に証拠がないので、被控訴人主張の工事代金残債務免除の事実は、いまだ立証がないものといわなければならない。よしんば右工事代金の残債務について免除がなされたとしても、それと同時に控訴人の本件約束手形金債務をまで免除すれば、被控訴人は自己が施行した工事につき、せつかく第三者振出の約束手形を取得しながら、約定代金の約三分の二にあたる金七〇、〇〇〇円の満足をぜんぜん得られぬ結果になる上、手形金債務免除の意思表示はその債務者たる控訴人に発せられることを要し、本件では、当時被控訴人側と交渉にあたつていた、工事代金の債務者たる堺興業株式会社に対する同代金債務の免除の意思表示のほかに、これとは別個の意義をもつ表示行為が必要であることを考えると、前記内金支払後本訴提起時まで約二年を経過していることを考慮に入れても、証人小西庄太郎の原審及び当審における証言ならびに被控訴人代表者の原審における本人尋問の結果にあるとおり、被控訴人ないしその代理人においては本件約束手形の残額債務を免除する意思はなく、その旨の意思表示をしていないものと認めるのが相当で、これに反する、証人望月誠の原審(第一、二回)及び当審における証言ならびに控訴人代表者の原審及び当審における本人尋問の結果はいずれも信用することができず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
そして、本件約束手形の振出人たる控訴人とその所持人たる被控訴人は手形の記載上では振出人と受取人間の直接の関係にあるが、前記認定の経過によると、その間の原因関係は、同手形の交付先である訴外堺興業株式会社より手形を取得した第三者に対しては手形金額の範囲で責任を負う旨を一般に表示して同訴外会社に信用を貸与した者と、その受益者との関係というべきであつて、被控訴人が手形上に名を出さない中間者たる同訴外会社より本件手形を取得した直接の原因が最初より無効とされもしくは取消により無効とみなされ、または契約の解除等により遡及的に失効し、手形を保有し続けることが不当利得になるようなばあいはともかく、その原因中手形金額に対応する部分の被控訴人の出捐または利益が現実に償還されまたは満足させられていない限り、すなわち原因たる債務が未履行の状態にあるばあいのほか取立の見込がないため免除によつて消滅したばあいであつても、振出人たる控訴人と所持人たる被控訴人間の前記原因関係はいぜんとして存続し、控訴人は振出人としての手形債務を免れ得ないと解すべきである。従つて、本件においても、前記工事代金内金三四、〇〇〇円の支払と同時に、かりに訴外堺興業株式会社の同債務残額が免除されたとしても、これを以て控訴人は本件手形金残額七〇、〇〇〇円の支払義務を免れることはできない。
してみれば、控訴人の抗弁はすべて採用することができず、前記被控訴人主張の請求原因事実によれば、控訴人は被控訴人に対し本件約束手形金残額七〇、〇〇〇円、及び、これに対する満期の日の後である昭和三〇年五月一三日以降支払ずみに至るまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払義務のあることが明らかで、その請求を認容した原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。よつて本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北浦憲二 裁判官 宮崎福二 岡本健)